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学校教育は創造性を殺してしまっている/ケン・ロビンソン




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学校教育は創造性を殺してしまっている

講演者:Sir Ken Robinson(ケン・ロビンソン)

サー・ケン・ロビンソンは、人間の創造性を(弱めてしまうのではなく)育てていくための教育システムを構築している。彼のやり方はエンターテイメント性に溢れると同時に、我々の心の奥底に何かを強く訴えかけてくる。

Sir Ken Robinson: ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」 | TED Talk

3つのテーマ

人間の創造性

すべての人が持っている様々な形で表れる私たちの創造性とその幅の広さ。

創造性は未来を予測不可能にする

私たちは教育というものが私たちを予測不能な未来へと運んで行くゆえに教育に大きな関心がある。今年小学校に入学する子供たちが定年を迎える頃の世界などあらゆる分野のエキスパートをもってしてもわからない。それどころか5年先の世界ですらわからない。 それでも私たちは未来に向かって彼らを教育していく立場にある。予測不可能であることは大きなテーマ。

子供達が持つ潜在能力、独創性

子供はみな例外的な力を発揮できる。自分の中に才能を発見すると没頭する。子供は誰もが比類ない才能を持っている。私たちは無情にもそれを無駄にしてしまっている。創造性は識字能力と同じくらい教育に必要なので、創造力と識字力を同等に扱うべきだ。

間違えることへの恐怖

子供たちは何も知らなくてもいちかばちかやってみる。間違えることを怖がらない。間違えを犯すことと創造的であることは同じではないが、間違えることを恐れていたら決して独創的なものなど思いつかない。間違えることを許されずに育った子供は本来の才能を失い間違えることを恐れるようになる。私たちが作った国家教育システムでは、失敗は最悪だと教え、人間本来の創造性を殺してしまっている。問題は成長しながらどうやってアーティストたり続けるかだ。

教育制度

地球上どこの教育制度も科目の優劣がある。どこに行こうと大差ない。数学と語学がトップで、次が人文系。一番評価されてないのは芸術系。さらに大概どの教育制度でも芸術科目の中でまた順位がある。美術と音楽は、演劇やダンスより上。数学みたいにダンスを毎日教える教育制度はない。数学もダンスも同じくらい大事なはずだ。子供というのは1日中でも踊っているし、私たちはみんな体を持っている。私たちは子供が成長するにつれて腰から上へとだんだんと教育し、最後は頭にフォーカスする。それも脳の片側だけ。

教育の目的

公教育は何のためにあるのだろうと考えれば、世界中において大学教授を生み出すことだと言わざるを得ない。彼らが世の中のトップにいる。しかし、大学教授だけが人間の最高峰ではなく、大学教授は単に1つの生き方に過ぎない。彼らはとても好奇心旺盛で大概、頭の中で生きてる。それも頭の片方に偏ってる。

教育制度の歴史

今の教育制度は学者を育てるために作られている。そこには理由がある。制度全体が作り上げられた19世紀以前に世界中どこにも公教育はなく、教育制度は産業主義社会のニーズから生まれた。科目の優劣は2つのことから決められた。1つは働くために有用な科目が最優先ということ。2つ目は大学に入る為の学力。学校の成績だけが、いまや知性だと思われている。大学側のイメージだけで教育制度を作ったからだ。世界中に広がる今の学校教育は、大学に入るためのもので、その結果無数の天才的で創造性溢れる人たちが「自分は才能がない」と感じている。学校は彼らの才能を評価しないどころかダメだと烙印を押してしまうからだ。

教育のインフレ

これから30年間、歴史始まって以来の多くの人間が世界中で、こういった教育を受けて社会に出て行く。突然、大学の学位がまるで意味をなさなくなった。昔は大学を卒業していれば仕事が見つかった。今や学士ではなく修士、時には博士号が必要になってきた。大学教育のインフレが起こっているのだ。根底から教育制度が変わりつつあり、抜本的に知性の意味を考え直す必要がある。

知性

知性について3つのことがわかっている。

多様であること

我々はこの世界をあらゆる視点から捉えている。視覚、聴覚、感触、抽象的に、動きながら等。

ダイナミック

人間の脳の働きを考ると、知性とは素晴らしくインタラクティブだ。創造性とは、独創的で価値あるアイディアを構築するプロセスのことで、創造力は様々な分野や価値観の相互作用によって生まれる。

比類なさ

「キャッツ」や「オペラ座の怪人」の振り付け師ジリアン・リンは小学生の頃、絶望的だった。1930年代、学校は彼女の両親にジリアンには学習障害があると伝えた。集中力がなくいつもそわそわしていて、今だとADHDと言われるだろう。ジリアンは専門家に相談に行き、いつも遅れて宿題を出したり、他の生徒の学習に支障をきたす等、ジリアンの学校での問題について話した。すると、医者はジリアンに母親と2人で話がしたいとジリアン1人を残し、部屋を出て行った。その際に医者はラジオのスイッチを入れ、部屋の外で母親にジリアンを見ているようにと伝えた。するとジリアンは元気そうに音楽に合わせて動き始め、母親と医者はそんなジリアンを見守り、そして医者は母親に言った。「お母さん、ジリアンは病気なんかじゃありません。ダンサーですよ」 「ダンススクールに通わせてあげなさい」 。

その後、彼女はダンススクールに通うことになり、やがてロイヤルバレー学校のオーディションに受かってソリストになり、見事なキャリアを築き、それからロイヤルバレーを卒業して、ジリアン・リン・ダンスカンパニーを設立。その後アンドリュー・ロイド・ウィーバーと出会い、歴史上もっとも偉大なミュージカルを手がける。何百万人もの人に感動と喜びを与え、経済的にも大成功した。あの医者じゃなければ彼女を薬漬けにして、おとなしくするように言っていたかもしれない。

未来への希望

我々の未来への唯一の希望は、人類生態学という新しい概念を取り入れることだ。人類生態学とは、私たちから特定の物だけを発掘してきたこれまでの教育とは違い、人間は豊かな可能性を持っているという新しい考え方を築き上げる学問。私たちは次世代の人間を教育するための根本的な理念を再考しなければならない。人間の持つイマジネーションという宝物を、いかにこの天賦を賢く活用するか考えなくてはならない。想定されたシナリオを回避するために、私たちに残された唯一の方法は、人間の限りない創造性が、私たちの生を豊かにすることを知り、子供たちが未来の希望であると認識することだ。子供をあるがままに育てなくてはならない。私たちが未来を見ることはないかもしれないが、子供は未来を生きていく。私たちの役割は、子供たちが未来を創る支えとなることだ。

感想

創造性が大事なのはわかるが、この人の言うようにそれぞれの子供に合った教育を施す為には費用がかかりすぎる。結局金持ちしかできないことなんじゃないかな。今よりもっとAIが発達して全員の子供が教科書のように自分のサポートAIを持てれば、教育のコストを下げられるし、より柔軟な教育ができるようになると思うけど、いつになるのかわからない。教育は、新しい試みをしても結果がわかるのが十数年後で効率が悪いし、悪くいえば子供を実験体のように扱うわけだから失敗することが許されない。この取り返しのつかなさがなかなか教育制度が変わらない原因だと思う。本当に難しいし、同時に面白い。