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傷つく心の力/ブレネー・ブラウン




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傷つく心の力

講演者:Brené Brown(ブレネー・ブラウン)

ブレネー・ブラウン氏は関係性—私たちが持つ共感・所属・愛情といった生得的能力—について研究する。 TEDxHoustonにおける感動的で笑いあふれるトークでは、自身の研究-人間性理解への興味とともに自分自身を知りたいという探究心へと導いた研究-からの深い洞察について報告している。

Brené Brown: ブレネー・ブラウン:傷つく心の力 | TED Talk

心のもろさ

研究を通して私の見方は根本から拡がり、生き方・愛し方・仕事・子育てのやり方を変えた。まず“関係性”から研究を着手した。10年間ソーシャルワーカーの仕事をしてみると関係性が生きることの理由だと気付く。関係性が生の目的や意味を与えてくれる。関係性つまり繋がっていると感じる能力は、神経生理学的にも認められた能力で生きる理由なのだ。私の研究の過程で愛について尋ねると相手は失恋について語る。帰属意識について尋ねるとそれではなくて冷たくされたひどい経験について。関係性について尋ねると語られるのは関係性がうまくいかない場合の話なのだ。

 

この何と呼んでよいかわからない状況に気付き、これが何かをはっきりさせる必要があると考えた。結局それは“恥”であるとわかった。恥というのは関係性喪失への怯えとして容易に理解することができる。普遍的で誰もがもっている。逆に恥を経験しない人が、つながりや共感を持ちえるはずがない。恥について語りたい人はいないが、話さないと余計に大きいものとなる。この恥という感情、具体的には完璧じゃない・スリムじゃない・金持ちじゃない・美しくない・偉くないとかそんなことだ。こうした気持ちを芽生えさせるのは、耐えがたいような心のもろさだ。

自己価値感を持つ人・持たない人

研究でのインタビューでわかったことは、自己価値感を持っていない人と持っている人で前者に欠けていたものは、自分に価値があるという感覚だということ。愛情とか帰属の感覚を持つ人がいる一方、それに苦しんだり、自分はこれでいいんだろうかと悩んだりする人がいる。強く愛されているという感覚を持つ人と愛や関係性に苦しむ人とは自分が愛されるに値すると信じている点で違っていた。人が関係性が断たれた状況にいることに耐えられないのは、自分が関係性を持つのに値しないという恐れからだ。

 

自己価値感をもって生きている人たちが共通して持っているのは勇気だった。勇気(courage)は、ラテン語で心を表わす“cor”という言葉が英語に入ってきており、またもともとの定義は自身のことをあるがままに話すということだ。こうした人々が持っているものは、不完全であってもよいとする勇気、自分に対する思いやりと他者への思いやり、そして関係性だ。さらに自分のあるがままを受け入れるために自分があるべき姿についてはあきらめている。それは関係性を得るためには絶対に必要なことなのだ。

 

その他の共通項は心のもろさを受け入れていたこと。その人達は自分たちの心をもろくするものこそ自分たちを美しくするという。心のもろさが快適であるとも、それが自分たちを苦しめているとも言わない。うまくいこうといくまいと関係性に身を費やしたいのだ。ただそれが不可欠なことだと考えている。

危険な対処

感情をまとめて麻痺させる

私たちはどうやって心のもろさとつきあっているだろうか。心のもろさを扱う一つの方法はその感覚を麻痺させることだ。その証拠に私たちはアメリカ史上もっとも借金漬けで、太っていて、依存症が多く、薬物治療に頼る集団である。研究からわかったのは、人間は選択的に感情を麻痺させることができないということ。心のもろさ、悲しみ、恥、恐れ、失望などから、「これが悪の元凶」だと特定できない。こういう感情を避けたいので、ビール何杯かとバナナナッツマフィンを食べることになる。感情を麻痺させることなしにこうしたつらい気持ちを麻痺させられない。選択的には麻痺させることができない。そうした気持ちを麻痺させるとき、同時に喜びや感謝の意や幸福も同時に麻痺させてしまう。生の目的や意味を探しているのに結局は心のもろさを感じてしまい、ビールをかっくらってバナナナッツマフィンを頬ばる。危険なサイクルだ。

確かなものへの執着

何かの中毒にならなくても麻痺はする。本来は不確かなものを全て確かなものにしようとする。宗教はもはや信仰や神秘への信奉から確実性ということへ移行してしまった。自分が正しく相手が間違っている、だまれ、以上。確かなものがすべてになり、不確かなものを恐れれば恐れるほど心はもろくなる。そしてそれがまた恐れをよぶ。研究の中での非難の捉え方は、痛みや不快の解放をする手段だ。私たちは完璧を志向する。うまくはいかない。例えば、私たちは危険なほど子どもたちに完璧を求めている。子どもたちが完璧を求められず育てられるならば、今日の問題を解決できるはずだ。

より良い方法

別の方法もある。それは自分自身を心の底からさらけ出すこと、心のもろさもさらけだすことだ。あるがままで愛し、たとえ成功への保証がないとしても、それがとても辛いものだとしても、感謝とよろこびを実践すること、恐怖の瞬間にも迷いのときにも大事と騒ぎ立てたりせずただ立ち止まって、なんて素晴らしいんだろうと考える。この心のもろさを感じることが生きていることだからと。そして、自分はよくやっていると信じることだ。そうすれば、もっと優しく穏やかに周りに接し、自分自身にも優しく穏やかになれる。

感想

人間誰しも自分のことを大きくみせようとするものだけど、それもやはり心のもろさからくるものなのかなと思った。本当の自分をさらけだせず、相手に見栄を張っていては関係性はつくれないのは当然。人の悪口ばかり言って、頻繁に他人を下げる知人を思い出した。以前からこの人は自己肯定感が低いんだろうなと話を聞きながら思っていたが、どうやら本当っぽい。他人の悪口をやめて良いところを探すようにすれば、本来の自分を受け入れられるようになる気がする。他人の良いところを見つけてると自分の良いところも見つけられると思うし。精神的健康度が高まる。できるなら幸せに生きたいしね。個人的には自分は不幸だと思ったことがないので幸せだと思ってるけど。消極的か。