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【金沢城】はじめての金沢旅行 その3




 

本当は兼六園だけ観光してホテルに戻って休もうと思っていたけど、金沢城があまりに近くにあるのでついでに観光した。 

石川門・河北門

石川門

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この石川門の橋の写真を撮るのを忘れたのが悔やまれる。ここには兼六園の桂坂口から出るとスムーズに来ることができる。遠目から見ると白くてとても綺麗。金沢は昔から洒落てたのかと思わされる。

 

金沢城の屋根瓦は「鉛瓦(なまりがわら)」。鉛瓦とは木で瓦の形を作って鉛でコーティングしたもので、日本で金沢城だけがこの瓦を使っている。銀色に光って、遠くからは白く見える。この瓦を使った理由としては「戦のときに鉛の部分を溶かして弾薬にするため」や「耐久性や美観のため」という説がある。実益と美しさを兼ね備えてるのは素晴らしい。

 

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石川門が最初に造られたのは前田利家の時代。これまで2度消失して、現存しているものは1788年に再建されたもの。それでも230年以上前、江戸時代の話。

 

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石川門の第一の扉を過ぎると、防御のために直角に折れ曲がった先に第二の扉がある。

 

どうやらこの石川門は金沢城の正面玄関ではなく勝手口らしい。正面玄関は大手門(尾張門)。自分が観光した時はそのことは知らず、大手門には行かなかったので、金沢にまた行く時に見たい。

二の丸広場

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金沢城公園に入ると綺麗な広場があった。ボランティアの人達なんだろうか、その人達が草むしりをしてた。兼六園でも同じ様な人達がいたけど、どういう人達がやってるのか気になった。

河北門

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これは河北門。隣にある階段を登ると休憩所があるらしいのでとりあえず休むために向かう。

 

河北門

「河北門」は、金沢城の大手から入り、河北坂を上がったところに位置する「三の丸の正面」であり、金沢城の実質的な正門です。「石川門(重要文化財)」と「橋爪門」と共に「金沢城三御門」と呼ばれていますが、金沢城の建物の大半が焼失した宝暦の大火(1759年)の後、安永元年(1772)に再建されました。 再建された河北門は、明治15年頃に無くなるまで金沢城の実質的な正門としての役割を果たしていました。 約130年ぶりに甦った河北門は平成19年11月に着工し、平成22年4月まで約2年半の歳月をかけて完成しました。 復元にあたっては、現存する絵図、古写真、文献及び埋蔵文化財の調査結果を踏まえて、史実を尊重し、日本古来の伝統工法によって、戸室石による石垣積み、漆喰仕上による白壁、軸組をはじめとする木工事及び屋根鉛瓦葺きなど、構造・仕上部材の細部にわたり石川の匠の技が発揮されています。

河北門|金沢城公園

 

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河北門を横から。

 

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河北門内部。ここでしばらく休憩した。

本丸園地

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休憩後、本丸園地に行く。完全に陽の光が木で隠れるので快適に散歩できる。所々にひらけた高台があって金沢城を見おろせる。

菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓

菱櫓

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五十間長屋

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橋爪門続櫓

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金沢城公園に入ってまず不思議だったのは天守閣が見当たらなかったこと。どうやら天守閣は、前田利家入城して3年後に建てられたが、20年足らずで落雷で消失して以来再建されてないらしい。

 

「菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓」は、2001年に復元された。文献を元に安政の頃の景観を忠実に再現された。金沢城の天守閣が再建されないのは、現存する金沢城自体が江戸時代のものの再現なので天守閣があると矛盾するとか、そもそも資料が残っていないとか言われている。外見だけでなく、資料をもとにできるだけ当時のまま再現しようとする心が良いなと感心した。金沢城の歴史はこの「菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓」の中で説明されている。

 

日本の城は結構観光したことがあるけど、かなり楽しめた部類に入る城。違う季節に兼六園と合わせてまた来たい。